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まちと住まいの空間 第17回【ブラタモリ/白金編その3】

白金の高級感が維持できなくなりつつある時代の変化

岡本哲志岡本哲志

2019/12/30

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高級住宅地の条件、「高台」と「治安」はどのように結びつくのか

時が過ぎるのは早いもので、街歩き講座の講師を2004年からはじめてもう16年が過ぎようとしている。街歩きの講師を中央区から依頼されたのがはじめかと思う。それまでは、一人で東京の街を30年近く徘徊していた。一人歩きが慣れてしまったのか、つい街の声を聞くことに熱中し、時々後ろに受講生がついてきていることを忘れてしまう。どうも街歩き講師としては失格のようだ。

2019年6月に『ブラタモリ』白金編が放送されたこともあり、10月には受講生の方たちと『ブラタモリ』に登場した場所を歩いた。参加した人のなかには、他で街歩きの案内人をしている人もいて、すでに白金をじっくりと探索もしてもいた。地形や坂道の魅力に引かれ、白金に足が向くのだろう。ただ、そのわりには都市空間としての白金の面白さがあまり理解されていない。この点が『ブラタモリ』で番組になり得た理由の一つである。

番組のほうでは、高級住宅地の条件としてあげた「高台」と「治安」というテーマがあり、このフィニッシュへ至るプロセスを構成するのには番組スタッフの皆さんが苦労したところかもしれない。
とはいっても「高台」については現地を訪れさえすれば、高級感へ結びつく。簡単にクリアできるハードルだ。高低差のあるアップダウンの激しい坂道は、「ブラタモリ」を担当していれば、「高台」から「治安」も充分に意識できたと思う。

だが、どのように「高台」と「治安」を結び付けられるかはそう簡単ではなかった。
それはどうしてか。白金は、江戸の特徴の一つ、台地上の武家地、台地下の町人地といった構図が描けないからだ。この意味を検証しないことには話が進まない。

まず、打開策を見つけるために、白金エリアの地形を江戸時代の土地利用と重ねて見みよう(図1)。白金の場合、江戸時代の町人地は、現在の目黒通り沿いに立地しているだけで、襞(ひだ)のように入り組んだ地形の底に町人地が発達していない。


図1、白金エリアの地形を江戸時代の土地利用

スタッフ皆さんは、いろいろと知識を積み重ねてきておられたが、今まで得た知識ではあり得ない現実が目の前にあった。ただ幸運にも、その段階に達していたことがその後にステップアップするよい壁となる。

スタッフの人たちとまず白金を下見した。とらわれがちな「既成概念」を払拭し、白金の特殊性をあぶり出す必要があった。その時、『ブラタモリ』が単に娯楽番組に終わらない緊張感が生まれる。

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低地に町人地が成立しなかった白金


写真1、かつて川が流れていた谷底に下る坂 写真2、現在の目黒通り

スタッフの方たちと、坂道を下り白金の低地を歩いたが、面白くない。本来であれば、台地上に武家地があり、水が得られる低地に町人地ができる。需要と供給のなかで、台地上と台地下の関係が濃密になる。そこを結ぶ坂道が意味を持ち、坂に名前も付けられる。白金は、「三光坂」など、いくつかの坂に名が付けられているが、多くは無名の坂だ。魅力的な坂だが名前がない。それは、台地上と台地下の関係が希薄だからである。それが白金の特徴でもある。

白金は湧き水があまりにも豊富だったことから、谷の低地に下町が成立しなかった。どこも、坂道を下った谷底は、有り余るほどの水量を湛える川が流れ、とても人が住む場所ではなかった。どう見ても戦後に開発したとしか思えない街並みが目の前にある(写真1)。

逆に、八芳園など水をふんだんに取り入れた庭園が今でも楽しめる。江戸時代の町人地は、低地に町をつくれず、現在の目黒通りなど、台地上の街道筋だけに成立した(写真2)。江戸の都市空間においては、実に特殊なケースといえる。そのことに気付くと、台地上の高級住宅地化されたエリアへアプローチできる坂道がごく限られているとわかる。


写真3、白金の案内板

しかも、地形が複雑に入り組んでいることから、台地上の住宅地内の細い道は行き止まりの袋小路となる(写真3)。自動車もうかつに入り込めない。高低差の有無の違いがあるが、外部者が無闇に入り込めないヴェネツィアの袋小路の路地によく似ている。白金の坂や道の仕組みを体験して、エンディングへとつながる「名も無き坂道」では林田アナウンサーの明言が生まれた。

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名も無き坂で二人のやる気の息づかいを感じる


写真4、タモリさんが好きな三光坂 写真5、名も無き坂道

タモリさんは高低差ファンであり、色々な坂をよく訪れているようだ。2010年3月11日に放送された『ブラタモリ』の六本木編では、我善坊谷(がぜんぼうだに)にある江戸時代の旧組屋敷を歩いた。再開発が進行する場所である。そのとき「あっ! ここも空家になったか」と、タモリさんはロケそっちのけで、リサーチに意識が傾いていた。その時、「タモリさん、ずいぶんフットワークいいな」と関心したものだ。

白金編では、自動車で三光坂を上った(写真4)。完全にタモリさんの表情がゆるむ。そこで気付いたことがいくつかあった。タモリさんは多くの人たちがまだ眠っている早朝の時間帯に坂道を楽しんでいること、旧服部金太郎邸の脇を下る魅力的な坂道を知らなかったことなど(写真5)。タモリさんが徒歩で坂道を楽しんでいるのであれば、絶対に見逃すはずのない名も無き坂道を「初めてだ」と言っていた。

超有名人が徒歩で街歩きを楽しむなどあり得ない。しごく当然のことだが、今まで気にもしていていなかった。推測するに、車移動で坂道を楽しんでいたために、車の通れない魅力的な坂道を知らないと確信する。タモリさんと林田アナウンサーとロケをしながら、このようなことをあれこれと妄想していた。エンディング前のクライマックスとして名も無き坂道を下りた。実は、放送ではこの坂道を上るシーンだけが放映された。

しかし、当初は下って行くシーンを撮影して終わる予定だった。下りの時に、タモリさんは初めての坂道ということもあり、一人で楽しんでいるようで無口だった。本当に楽しければ、無口になるのは必然。加えて、林田アナウンサーもさらに寡黙に下りる。この雰囲気を放送で伝えるのは難しい。

二人がそれぞれに坂の魅力を感じているのが伝わってきた。そこで、坂を下り終わるころに「今度は上ってみましょうか」と軽い気持ちで声をかけた。「よしゃ」という感じでしょうか、二人が多弁になって坂を上がり始める。この坂を二人はよほど気に入ったようだ。

林田アナウンサーも実に生き生きとした言葉が出てきた。私としては、二人が寡黙に下って行くシーンも捨てがたい。それはともかく、林田アナウンサーの「まだ早い、押し戻されている気がする」と語ったシーンは、スタッフ一同が安堵したのではないか。このことで「高台」と「治安」が一体のものとなった。

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 白金の「ほどよい静けさ」はどのようにできたのか

これからは最後のプラス1の条件となる。「プラチナ通り」と呼ばれる通りの歩道でエンディングをむかえる(写真6)。最後のテーマは「ほどよい静けさ」。

高級感漂う街はなんとなく自然に出来上がったわけではないし、「シロガネーゼ」というキャッチコピーが一人歩きして高級感をつくりあげたわけでもない。白金を高級にした背景には、「危機を乗り越え」「危機を止める」があった。「プラチナ通り」はその象徴的存在であろう。

この道路は環状4号線として品川駅まで通す予定だった。ただ、予算が足りなくなり、一時ストップ。東京都全体の道路整備の優先順位からも緊急性をおびていなかったと思われる。やや他力本願的だが、そのことが白金の高級感を熟成させる上で大いに意味を持った。「ほどよい静けさ」が奇しくも実現し、そこに「シロガネーゼ」とネーミングされた子育て世代の主婦が主人公となって彩る。

しかしながら、こうした高級感は許されないようだ。品川駅まで道路を貫通させる状況へと変化する兆しがある。これは「街とは何か」を考えさせる絶好の機会かも知れない。街のために自然を守る、環境を守ることを地域エゴとしてきた時代はとうに過ぎ去っている。

白金自体はそのような時代に高速道路の無謀な計画を「ノー」といい、自然教育園も、旧朝香宮邸も守ってきた歴史がある。その意味で、道路計画も単に車をスムースに流す全体計画で押し通すべきではない。道路計画も、基本は住む人たちを困らせるためのものではないはずだから。

 

 

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この記事を書いた人

岡本哲志都市建築研究所 主宰

岡本哲志都市建築研究所 主宰。都市形成史家。1952年東京都生まれ。博士(工学)。2011年都市住宅学会賞著作賞受賞。法政大学教授、九段観光ビジネス専門学校校長を経て現職。日本各地の土地と水辺空間の調査研究を長年行ってきた。なかでも銀座、丸の内、日本橋など東京の都市形成史の調査研究を行っている。また、NHK『ブラタモリ』に出演、案内人を8回務めた。近著に『銀座を歩く 四百年の歴史体験』(講談社文庫/2017年)、『川と掘割“20の跡”を辿る江戸東京歴史散歩』(PHP新書/2017年)、『江戸→TOKYOなりたちの教科書1、2、3、4』(淡交社/2017年・2018年・2019年)、『地形から読みとく都市デザイン』(学芸出版社/2019年)がある。

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